大阪地方裁判所 昭和59年(ソ)2号 決定
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【判旨】
二そこで考えるに、民事訴訟法三五六条のいわゆる起訴前の和解の制度は、単に現在の紛争の解決を目的とするにとどまらず、将来における権利関係の不明確さや、権利実行の不安全を除去し、将来の紛争を予防することをもその目的の一つとしているものと解すべきであつて、同条の「民事上ノ争」には、単に現在の民事上の紛争のみならず、将来予想される紛争も一応これに含まれるものと解すべきである。
しかし、同条三項には、本条の和解が成立しない場合には申立てによつて訴訟に移行しうることが定められる等、本条の和解手続が民事訴訟制度との密接な関連において設けられていること、そして、訴訟において、将来の給付の訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り許されていること、また、民事執行法二二条五号において、公正証書に債務名義としての効力を認めるにあたつては、一定の金額の支払又はその他の代替物等の一定の数量の給付を目的とする請求について作成されたものに限つていること、等を総合して考えると、将来の紛争を予防するために和解の申立てをするにあたつては、あらかじめ特にこれをする必要の存すること、すなわち将来において権利関係の不明確や権利実行の不安全が生ずると予想されるような具体的な事実関係が現に存することを要するものと解すべきである。けだし、その具体的必要もなしに、あらかじめ広範な事項について債務名義としての強い効力を有する裁判上の和解を成立させておくことは無用であるばかりでなく、かえつてその濫用を招く虞も存するからである。
従つて、民事訴訟法三五六条一項にいう「民事上ノ争」とは、権利の存否、内容、範囲についての現在の紛争、あるいは、権利関係の内容の不確実、権利実行の困難性等により、和解申立当時において、将来の紛争の発生が予測されるような具体的な事実関係の存在することを意味するものと解すべきである。
三これを本件についてみると、抗告人が本件和解申立てに至つた争の実情として主張していることは、抗告人が相手方との間で抗告人所有の土地の使用貸借契約を締結するにあたつて、現在紛争は存していないものの、右契約が紛争の生じ易い建物所有を目的としたものであるところから、その使用目的・貸与期間及び当事者の権利義務並びに債務不履行があつた場合の処理等につき、あらかじめ和解条項に明定することによつて将来の紛争を防止するため本件和解申立てに及んだというものであるところ、建物所有を目的とする土地使用貸借契約が紛争の生じ易いものであるとしても、そのことだけをもつてしては、いまだ将来の紛争の発生が予測できるような具体的事実関係が現に存しているものとは認めることができない。
四そうすると、前記「民事上ノ争」が存していないことを理由として、本件和解申立てを却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(黒田直行 小田八重子 栗栖勲)